『原発の町を追われて・3』上映会

レイバー映画祭2017 映画の後に話す鵜沼久江さん

7月22日のレイバー映画祭を皮切りに、「双葉町・ある牛飼いの記録」の上映会を始めています。
8月6日にはひばりが丘の居酒屋で、8月9日にはこれまで何度も『原発の町を追われて』を上映してもらった武蔵野市民学校でやりました。
ひばりが丘には、お店の常連さんや近所の方々が多数来てくださって、ふだん映画館には足を運ぶことがないという人もたくさんいました。こういう人たちに映画を観てもらえるのはとても嬉しいことです。

福島原発事故のその後がどうなったか、世間の関心はかなり薄れていると感じます。でも、双葉町の避難者・鵜沼久江さんの姿をみて「また仕切りなおさなきゃ」と言ってくれた人がいて、パート3を作ってよかったと思います。
双葉町をはじめとする警戒区域の人たち、そして「自主避難者」といわれる人たちも、一人一人が頑張って、いつ終わるかわからない避難生活を生き抜くしかない。その頑張りを支えるのは、私たちがどれだけ避難者のことを想像できるかだと思います。
逃げてきたくて逃げたわけではない。それを理解することで、避難者の生き方も変わっていく。

ぜひ自主上映会を開いてください。パート3の上映時間は30分と短いですが、たっぷり討論するにはいい長さかなと思っています。

カテゴリー: 最新のお知らせ | コメントする

いつかはあなたの街のことに

22日、レイバー映画祭でパート3を上映しました。上映後、双葉町の牛飼い・鵜沼久江さんも登壇し「第二の双葉町を作らないでほしい」と訴えました。大好評につき、これから自主上映をしていきたいと思います。
まず第一弾は8月6日(日)場所は西武池袋線「ひばりが丘」駅北口から徒歩2分。『熊の子』というダイニングギャラリーです。第一部(短縮版)、第二部、第三部と合わせて上映する予定です。(上映時間は92分)

2011・3・11からあまりにもいろいろなことがありすぎて、福島第一原発事故のことは記憶の彼方に追いやられています。
時間の経過とともに世間が忘れていくのは仕方がないことだと思います。
でも、自然災害と違って加害者がいるのに誰も責任をとっていない、そして、今なお苦しい避難生活を余儀なくされている人たちの存在が知られることもないままに、再稼働を待ち望む声がある。だから、今またこの映画を観てほしいと思ってます。

上映会を通じて三年前に知り合った友人が、職場、自宅で上映会をやって下さって、今度は居酒屋でやろうということになったのです。西武線沿線の方、ぜひおいで下さい。友達ができるかもしれません。

カテゴリー: 最新のお知らせ | コメントする

『双葉町・ある牛飼いの記録』

お久しぶりです。『原発の町を追われて』のパート3ができました!
7月22日(土)東京・田町交通ビルで開催される「レイバー映画祭2017」で初上映します。(時間は11時10分から)
ぜひ見に来てください!!

埼玉県にある旧騎西高校に避難してきた、福島県双葉町の人々を追い続けて早6年。
三年前に騎西高校は閉鎖しましたが、双葉町は依然帰還困難区域。そればかりか中間貯蔵施設の建設が予定されていて、帰れるどころではありません。「埼玉は第二の故郷だ」といって残り続ける人、「双葉に少しでも近いところがいい」と福島に移る人、さまざまですが、ふるさとの我が家ではない場所で今までと違った生活を余儀なくされていることは同じ。放射能による被ばくへの不安というだけが問題ではないのです。
今回の映画は、騎西高校の近くで農業を営んでいる鵜沼久江さんを中心につくりました。久江さんは福島第一原発のすぐ近くで、50頭の牛を飼っていましたが、牛たちをつれて避難することはできず、かわりに野菜作りを始めました。殺処分に反対し、警戒区域の中で牛を飼い続ける「希望の牧場」の吉沢正巳など、素晴らしい牛飼いもいますが、ほとんどの牛飼いたちは涙をのんで牛たちを手放さざるをえなかった。久江さんもその一人です。
久江さんは、一作目、二作目に出てくれた鵜沼友恵さんのお母さんです。私は友恵さんに「映画を作るからには、一時の流行事で終わらせないで。私たち避難民がどうやって生活を取り戻していくのかを記録し続けて」と言われました。それで、久江さんにカメラを向け始めたのです。
双葉町のことがメディアに取り上げられることは、ほとんどなくなりましたが、避難先で必死になって生き直しをしている人たちがいることを知ってほしい。
ぜひ観に来てください。

http://www.labornetjp.org/news/2017/0722kokuti

カテゴリー: 最新のお知らせ | コメントする

あれから6年

3月11日。埼玉県加須市にある双葉町社会福祉協議会の建物で、自治会主催の慰霊式が行われました。
午前十時から集まった人たちと共に、これまでテレビで放送された双葉町特集の録画を観ながら、話に花が咲きました。
私は埼玉に避難してきた双葉の人たちが身近なところにいてくれるので、3・11は今も日常の中にある気がしています。とはいっても、事故前と変わらぬ生活をしている私と、何もかも双葉に置いてきてしまった人たちとの間には、大きな違いがある。そのことに気づくとき、笑いながら話してくれる双葉の人たちにとって「ともに生きてるつもりの私」がどう映っているのだろうかと、ふと考えてしまいます。

双葉町の方角に向かって祈る

双葉町の方角に向かって祈る

双葉町社会福祉協議会の入口横に設置された献花台

「六年たつと、いろんなことが思い浮かぶなあ」
始めの数年間は時間の感覚がなかったし、考える余裕もなかった。今だからこそ、話したくなったという人も。
震災直後のこと。原発が誘致された頃のこと。
記憶の中にあることを語りつなぐことができたら。
双葉という町は、決してなくなることはないのだと思います。

カテゴリー: 最新のお知らせ | コメントする

ラジオで伝える双葉町の6年 

震災の年の四月。1400人の双葉町民の避難所となった旧騎西高校

震災の年の四月。1400人の双葉町民の避難所となった旧騎西高校

毎年3・11になると、関東に住む私たちも、あの時のことがよみがえってきます。
体験したことのない大きな揺れ、電車が止まって明け方まで家路を歩いたこと、計画停電で町の中が暗かったこと。
多くの人たちが日常を取り戻して行き、事態の重大さの記憶も薄らいでいく中、
今も「帰宅困難」のままの人たちがいます。
3月11日にNHKラジオで、東日本大震災と福島第一原発の事故から6年の、双葉町を特集することになり、
私は取材とコメントで参加しました。
ラジオなのでもちろん音声のみですが、これまでに私が出会った双葉町民の、思いがあふれた50分のドキュメンタリーです。

*******************************************
2017年3月11日(土)16時05分~16時55分 
NHKラジオ第一
ラジオドキュメント『かなわぬ願いをかかえたままで~市民が見つめた双葉町・避難者の六年』
構成・ナレーション 鹿野睦 
取材・コメント 堀切さとみ
*******************************************

原発避難という、誰も経験したことのないことに直面させられてしまった人々。
彼らは取り残された人たちなのではなく、私たちの一歩先を歩いている。
私はそう思っています。

カテゴリー: 最新のお知らせ | コメントする

レイバーネットТV福島特集を海外へ

2月24日に放送したオープンチャンネル「あれから五年 福島からの避難者は今」
友人に英語字幕をつけてもらい、短縮バージョン(28分)をYouTubeにアップしました。

福島での異常出産、県立医大が胎児のデータを収集していること、
避難先で受けた差別など、マスコミが避けてきた問題を、
二人の避難者が意を決して 語ってくれています。

風評をまき散らすなと言われようと、「疑いをもっている」という事実を隠すことはできない。
今語らなければなかったことにされてしまう。そんな決意が伝わってきます。

チェルノブイリの後を追うかのような事実。海外からの反響も多いです。
ぜひご覧ください。

カテゴリー: 最新のお知らせ | コメントする

フクシマから五年~オープンチャンネル

あの3・11からまもなく五年になろうとしてる。
新聞の一面もテレビの特番も「あれから五年」ラッシュだ。
福島第一原発が犯した罪はあまりに大きく、五年で解消されるものではない。
これからどんな影響が出てくるのかわからないけれど、
長い長い歴史のスタートラインなのだ。
2020年に向けて「五輪復興」なんて言って、責任をうやむやにして
風化させたいのは見え見えだけど、
だからこそ避難者がモノを言っていく必要がある。
言う人がいれば、記録に残すことができる。
地球上のあらゆる生物に対して、とんでもないことをしたんだってこと。
その責任から逃れられる人なんていないんだってことを
五年たった今、あらためて考えたい。
淡々と双葉町を追いつづけ、町の人の声に自分自身を重ね合わせた五年だった私が、
初めてレイバーネットТVというインターネットテレビで
番組の企画進行に挑戦します。
ぜひご覧ください!

●労働者の 労働者による 労働者のための
  レイバーネットTV 第98号放送
    オープンチャンネル企画
 「あれから5年~福島からの避難者はいま」

・日時 2016年2月24日(水)20:00~21:00
・視聴アドレス  http://www.labornetjp.org/tv
・配信場所   バンブースタジオ(竹林閣)
  http://vpress.la.coocan.jp/bamboo.html
   (地下鉄「新宿三丁目駅」E1出口近く)

○ゲスト
・木田節子さん・・・富岡町から茨城県に避難
・鵜沼久江さん・・・双葉町から埼玉県に避難
○映像
 3分ビデオ「帰れない『ふるさと』」(作・高木成幸)
 *作者は浪江町出身の写真家でスタジオに来てくれます。
○映画予告編「大地を受け継ぐ」
 *フクシマ農民の心を描いた話題のドキュメンタリー。予告編映像をみんなで
見てみよう。

 その他、何でもありの「オープンチャンネル」にご期待ください。ツイッター
でご質問・ご意見をお寄せください。ハッシュタグ#labornettv

〔レイバーネットTV事務局 TEL03-3530-8588〕

カテゴリー: 最新のお知らせ | コメントする

世界一の被爆国で再稼働ラッシュ・・・の今。

img055 東京電力福島第一原発が緊急停止し、避難指示が出された日から4年と5ヶ月の8月11日、九州電力川内原発が再稼働した。
 そして今日10月26日、四国電力・伊方原発の再稼働に愛媛県知事が同意。「重い責任を伴う」と言うが、事故が起きたら責任をとることなんて絶対にできない。福島が証明しているではないか。

 もう2年以上の間、日本は原発ゼロでやれてきた。この期に及んでなぜ原発が必要だというのだろう。エネルギー不足なんて言い訳にはならない。
「将来の安全より、明日の生活」
 地元の人たちの中にはそう言って再稼働を望む声もあるという。でも福島の人はみんな知っている。国に嘘をつかれていたことを。
 「安全だって言ったじゃないか」
 この言葉はフクシマだけでたくさんだ。もう2度とこんなことは聴きたくないし、言わせたくない。

島根半島を望む鳥取県境港市

島根半島を望む鳥取県境港市

おいしい魚の宝庫です

おいしい魚の宝庫です

 
 福島からほど遠い島根県。山陰地方は私の住む関東地方からは行きにくい場所だが、この1年半の間に3回も訪ねることができた。これは「再稼働なんかさせない。ふるさとを守りたい」という、島根原発に反対する人たちの強い思いのおかげだ。
 そして先月、鳥取県境港市で『原発の町を追われて』の上映会が開かれた。島根原発が事故を起こしたら再稼働したら被害をうけるのは、風下にある鳥取県なのだ。地元で活動する「グリーンコープとっとり」の皆さんが準備してくださり、豊かな海の町・境港の会場に120名の人たちが集まった。
 原発のない埼玉や東京とは違う。原発の立地する町の人たちにとって、原発に反対することがどれほど難しいか、私にだってわかっているつもりだ。
 でも今は福島がある。
 福島県双葉郡双葉町がどうなっているのか、原発立地の町の人たちにこそ知ってほしい。
 その思いだけでしゃべった。
 相変わらずトークはちっとも上手くならなくて、ほとほといやになるけれど、
主催者の方が来場者の方々の感想を送って下さった。読んでちょっとホッとしている。
上映会場に展示された、鳥取県内の高校生による反戦の祈り

上映会場に展示された、鳥取県内の高校生による反戦の祈り

「こんなに集中してみた上映会はなかった。今まで3・11の現状をテレビなどでみてきた。しかし今日の生の声や姿をみて、今まで何をみていたのか? もう一度考えてみたい」
「何が悲しいって双葉町民の心がバラバラになり、国や東電の思うつぼになっていることだ」
「島根原発から15キロのところに住んでおり、大変不安に思っている。原発のあるところで、このような上映会をしてほしい」「今回は映画をみる側としていますが、いつ向こうのスクリーン側になってもおかしくないと、身につまされました」

米子空港で、飛行機の時間ギリギリまでスタッフや地元の人たちと話が尽きませんでした

米子空港で、飛行機の時間ギリギリまでスタッフや地元の人たちと話が尽きませんでした

カテゴリー: 最新のお知らせ | コメントする

3/11を忘れないために・・・二つの上映会

武蔵野市民学校主催の映画上映会のおしらせ

9月5日(土)
堀切さとみ特集

13:10~柳瀬川図書館(東武東上線「柳瀬川」駅より徒歩4分)
『原発の町を追われて』(56分)
『続・原発の町を追われて』(26分)
『事故から4年が過ぎて~井戸川克隆氏(前双葉町長)が語る』(28分)
『再稼働なんてめちゃくちゃだ!~川内原発ゲート前へ!』(15分)
『絶対廃案! 8・30国会包囲行動』(13分)
*****歴史的なこの夏の記録を一挙上映*****

9月6日(日)
イアン・トーマス・アッシュ特集

13:10~『グレーゾーンの中』(2011年 89分)
 柳瀬川図書館(東武東上線「柳瀬川」駅より徒歩4分)
18:30~『A2-B-C』(13年 71分)
 にいざほっとぷらざ(東武東上線「志木」駅改札出て左) ****イアン監督も来場!『A2-B-C』上映中止問題をめぐって、自主上映とは何かを考えます***********

入場無料
問い合わせ 080-4291-4904(兼岡)

カテゴリー: 最新のお知らせ | コメントする

前町長による被ばく裁判

8月21日午後2時。東京地裁101号法廷で「原発事故で失われたふるさと そして被ばくの責任を問う 福島被ばく訴訟」が行われた。原告は前双葉町長・井戸川克隆氏(写真)。被告は東京電力株式会社と国。巨大な二つを相手に、たった一人で起こしたこの裁判に、96の傍聴席を求めて多くの人たちが列をつくった。井戸川さんは皆が並ぶ昼前から、地裁前で自ら作った資料を配っていたそうだ。

いつもより高い、かすれた声が法廷内に響いた。「私は、今回の原発事故により計り知れない被害を受け、数えきれないほど多くのものを失いました」に始まる意見陳述は、避難を余儀なくされ、不安から逃れられない多くの人たちの気持ちを代弁する。井戸川さんには自分や家族だけでなく、町民を被ばくさせてはならない首長としての責任があった。だから爆発後一週間で「さいたまスーパーアリーナ」、その後旧騎西高校(いずれも埼玉県)へ町民を避難させたのだが、それにしても、双葉町民がうけた初期被ばくは甚大だった。

2011年3月12日。大半を川俣町に避難させたものの、最後まで町内に遺されたのが高齢者施設や病院の人たちだった。その避難誘導をしていた井戸川さんは15時36分、「ドン」という音とともに、ぼたん雪のように降る放射性降下物をみる。一号機が爆発したのだ。この場にいた数百人の町民と「もうこれでお終いだ」との思いを共有したという。同じころ政府のテレビ会見では「直ちに影響はない」を強調し、事態の深刻さをまったく伝えなかった。「なんだこの国は。我々を見捨てる気か」と、強い不信感を持たざるをえなかったという。

もっと問題だったのは東電が、避難誘導どころか予告もなしにベントを実行していたことだ。フクイチから5キロほどの双葉町上羽鳥地区のモニタリングポストは、一号機の爆発前にもかかわらず4613マイクロシーベルト(毎時)が記録されていた。通常の92000倍もの放射性物質が、幼子がいるにもかかわらず放出されていたのだ。

彼の陳述書の中にこうある。「私は中学生の時に、双葉町内に原子力発電所の建設が進められることをはじめて知りました。小学生の時にみた広島の原爆の惨状を思い出し『おっかないものなのにどうして造るの?』と父親に聞いたこともありました。父は『皆が賛成しているから止められない』と言いましたが、子どもながらにいつかこの原発 は壊れると思いました」

そんな少年がやがて町長になる。先祖代々、守るべき故郷。忌むべきことがあるからと、離れるわけにはいかない。トラブル隠しで町民にいぶかしがられていた東電幹部を町長室に呼び、「絶対事故は起こすな」と追及し続けた。「これからは隠しません。何でも報告します」という勝俣社長に「性善説」で応じた。すでに居座るものに対して、これ以上のことが出来る人は誰もいなかっただろう。

だからこそ「放射能は心の問題だ」という人に対し、「われわれと同じだけの放射能を被ってくれ」という言葉によどみがない。意見陳述の後、101号法廷は拍手に包まれた。女性裁判長は、それをとがめなかった。

裁判後の報告集会で「こんなに大勢の人が来てくれて・・・」と、井戸川さんは目を赤くして涙を流した。「この被ばく訴訟は、本当なら双葉郡の首長と共に闘いたかった」と言う。同じ苦しみを味わったのに、被ばくさせないどころか帰還を促す首長ばかり。孤立無援だった井戸川さんには、この四年間で沢山の仲間ができた。『美味しんぼ』で叩かれても何のその。鼻血の写真を毎日撮影し、声が出るまで訴え続けるという。

被ばくと隠ぺい、その二つに警告を発する井戸川さんに共感し、私もまた双葉町に注目し続けてきた一人だ。「皆さんの代表として、悔しさの思いはずっと持ち続けるから」。辞任を惜しむ人たちにそう語った前町長は、今もその約束を守り続けている。

川内原発を皮切りに、次々と再稼働が目指されている。先日鹿児島県に行ったが、福島のことは伝わっていないと感じた。命をかけたこの裁判のことを伝えていきたい。次回は11月19日、10時より東京地裁103号法廷にて。

カテゴリー: 最新のお知らせ | 1件のコメント