語りつくせぬ思いを語れる場所を~加須市で『双葉の会』が始まる

 加須市には双葉郡から避難した人たちが、今も300人ほど暮らしている。住む場所は違えど、ここが第二の故郷だという人もいる。
13年たって、苦しみが減るならいい。でも震災体験、原発事故による心の傷は、時間が経過し世間が忘れたころに、突然表面に現れることがある。

 「双葉に帰れるようになったんでしょ」「もう避難者じゃないよね」
 よかれと思って言われる言葉だけれど、双葉の人は言葉に窮してしまう。なかなか自分の思いは、届かないものだなと。

 原発避難者は、まだまだ語り切れていない。復興は、形にできるような、わかりやすいものではないのに、目に見える建物や人数だけで計られていく。そんなものは復興でも何でもない。
双葉に帰りたくても帰れない、帰らない人たちが集まって、お茶を飲みながらしゃべる場が、コロナで中断されていた。でも、もう限界だ。
 何でもいいから双葉訛りでしゃべれる場をつくりたい。

 そんな思いで双葉町民、鵜沼久江さんが1月20日、加須市の自宅で『3・11を忘れない 双葉の会』を開催した。
 双葉の人が10名ほど、そして支援してきた人、脱原発運動をしている人、福島のことを知らなかったという人。様々な人たちが40名も集まってくれて、双葉町民が朝から台所でこしらえた煮しめやお汁粉を食べながら、一緒に時間をすごした。

 はじめてお会いする双葉町民もいた。避難した頃は小学生の息子さんを育てることで精いっぱいで、つながりを持つ余裕などなかった。当時、騎西高校には100名ほどの小中学生がいたが、加須市の学校に通った子どもたちの心中は、推し量ることができないものがあると彼女は話してくれた。

 映画『原発の町を追われて 十年』の上映の後、絵本の読み聞かせのコーナーがあったが、これがとてもよかった。

絵本作家の鈴木邦弘さん


 双葉郡を歩いて取材しているイラストレーターの鈴木邦弘さん。『いぬとふるさと』と、これから出版が予定されている『ずっとここにいた』を読んでくれた。人間がいなくなっても双葉町には、ずっと存在し続け、生き続けているものたちがいる。人として生まれた責任というものを、鈴木さんはずっと考え続けている。
 この絵本に描かれているのは「復興」の嘘くささを暴き出す双葉町の現実だ。双葉の人がみたらどう思うか心配だったと鈴木さんは言うが、参加した双葉町の女性は涙を浮かべて鈴木さんにこう言った。「私たちの思いを代弁してくれてありがとう」

絵本応援プロジェクトの山本潤子さん

 そしてもう一人、「絵本応援プロジェクト」の山本潤子さん(写真)による読み聞かせがあり、とても感じ入るものがあった。「絵本は歴史書でもある」と山本さん。災害から生まれた絵本というものが沢山あり、そこには事実が描かれている。

 3・11の年に作られた『あさになったのでまどをあけますよ』にはじまり、『福島からきた子』『このよでいちばんいちばんはやいのは』などを読んでくれた。

 彼女の声はおだやかで優しいけれど芯がある。血管の中に沁みわたっていくようで、読み聞かせとはこういうものなのかと感動した。作者の邪魔をしないよう、想像力を働かせられるよう、感情的にならずに読むことを心掛けているという。日々異なる場所で生きている人たちが、それぞれに考え、直接にではなくても言葉を紡ぎだしていくための手段があることを知った。

 双葉町の復興住宅から来てくれた人もいて『2023年の双葉町』の動画を流した。一昨年の10月に避難解除になった双葉町だが、問題は山積みだということも新たにわかった。世間の無関心をいいことに、被害者は置き去りにされている。

 復興なんて誰が信じているだろう。双葉を見捨てれば、災害に見舞われたすべての地域が見捨てられる。そのことを忘れてはいけないと思っている。

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※「双葉の会」の「双葉」は、双葉町だけでなく双葉郡の避難者との交流を目指していることと、成長のシンボルであることから命名しました。隔月を目標に、定例化していく予定です。

夜遅くまで話は尽きなかった

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