双葉の言葉

あかりの灯る教室はわずか。校庭に停まってる車もずいぶん少なくなった。
埼玉県・加須市・騎西高校。
双葉町の方針で、騎西高校は年内に閉鎖となる。
ここで避難生活をしていた人たちも周辺の借り上げ住宅に引っ越していく。
「昔の絆も大切だったけど、事故後の今のきずなも大切だ」
二年七か月をこの避難所で過ごしてきたお年寄りがいう。
すでに借り上げアパートで暮らす人にとっても、騎西高校はほっとする場所だった。
ここに来れば避難民どおし、双葉のことばで話ができた。
ある日。夜八時の生徒ホールはひっそりしている。
いつもパソコンで避難所通信を送っている男性Sさんと、周辺の借り上げアパートで独り暮らしの女性Tさんは、どちらも五十代。
重い荷物を抱えたまま、「宙ぶらりんだよ」という人たちだが、
私はこんな人たちと一緒にいるのが好きだ。

「がおってませんか〜」

二人に、そう話しかけてみた。
二人は即座に目を輝かせた。
そして、しみじみ「いい言葉だねえ」と言った。「癒されるうう〜」と呻った。
それから、かみしめるように言った。
「ひとに添う言葉なんだよね」と。
私は胸があつくなってしまった。
この言葉を教えてくれたのは、双葉町のMさんだ。
こっそり、メールを紹介しましょう。

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(Mさんのメール)
がおる:我を折る かな?
あやまった:謝ったではなく、感動や面白い楽しいなどの感情表現の他、
弱った…や負けそうだの意味。
どちらも、コミニュケーションを良好に保つために自己主張を抑えて同調を表す便利な双葉弁です。
今、縁もゆかりもなかった土地で過ごさざるを得なくなった人たちにとって、
寂しさを紛らわすために最も必要なのは“自分の言葉でしゃべる、話せる機会”です。
自分も、知らない町に舞い降りて来て一番に気を使ったことは、“双葉の人間だと悟られない言葉づかい”でした。
ですから、双葉郡民に会った時は思いっきり自分たちの言葉・方言でしゃべります。
いつかは消えていく運命の方言ですが、一語一語に、奥ゆかしく趣があって、歴史が育んだ意味がありました。
埼玉県のアパートなどに仕方なく移った双葉の人たちに、どうか引き続き声をかけてあげて下さい、
その時は、
『慣れないアパート生活で“がおって”いないですか?』 と!
そうすると多分、
『寂しくて“あやまったー!”』 と返ってくる筈です。

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Mさん。
あなたが言ってたのは本当でした。
大きな希望も、ささやかな願いもかなわない日々の中、
ひとつの言葉がその人をきらめかせることができる。
「がおってないですか〜」と話しかけた瞬間の
彼・彼女たちの表情を、撮りたかったです。
なぜなら、その場にいた私自身が
とても幸せな気持ちだったから。

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