先がみえない中で

毎年三月から四月にかけては上映会が目白押しだったのですが、今年は新型コロナウイルスによって中止になりました。
そこで、この場で双葉町のことを伝えていこうと思います。

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 埼玉県加須市に、新築の家が建とうとしている。蜂須賀秀夫さん(76)。自らの手で我が家を建てたのは二度目だ。「加須は自然豊かでイイわい。イタチや山鳩、キジなんかもいる」。双葉町から避難して9年。道のりは長かった。

 蜂須賀さんに初めてお会いしたのは今年の一月。東京五輪へのカウントダウンが始まっていた。常磐線の全線開通に伴なって、双葉駅がリニューアルオープン。そこにつながる常磐道双葉インターも完成間近だった。帰還困難区域だった双葉町が、一部とはいえ避難解除になるのだ。
 そもそも双葉町の4%だけは、既に避難指示解除されていた。海岸沿いにある中野・中浜地区。放射線量が比較的低いということで、スクリーニング場を通らなくても、昼間であれば許可なく自由に立ち入ることができるのだ。

 蜂須賀さんはその「中浜」に住んでいた。腕のいい大工で、仕事のかたわら妻と米作りもやっていた。自宅から福島第一原発までの距離は3・5キロ。「25歳の時に原発ができた。危険なもの持ってきたなと思ってた。7、8号機ができると聞いた時、はじめて町政懇談会にも行ったわい。やめて欲しいと思って」。
 そして訪れた2011・3・11。西へ逃げろと言われ車を出した。前を走っていた女性ドライバーが、ウインカーも出さずに突然海の方に曲がって行ってしまった。車から降りて「だめだよ、そっち行っちゃ」と制しようとしたが、追いかける余裕はなく、のちにその人は津波にのまれ亡くなったことを知る。自分で建てた我が家も、基礎だけ残して流された。

 その後、蜂須賀さんは福島県内の避難所を転々とし、井戸川克隆町長が指示した埼玉県加須市の避難所におもむいた。旧騎西高校には1400人の双葉町民が身を寄せていた。「ひと月したら帰れる」「お盆には帰れる」と言う人たちが多かったが、蜂須賀さんは最初から「戻るのは無理だべ」と思っていた。やがて東電から賠償の話が出てきたが、蜂須賀さんの家は原発事故ではなく津波で流されたということで、一銭も支払われなかった。精神的慰謝料はもらったものの、それでは仮住まいしかできない。自力で生活を立て直したいという思いがあった。最近主流のプレカット工法でない、昔ながらの大工。木の調子をつかむことには自信があった。「うちが建てたのは震度七でも壊れなかった」。福島県内の仮設住宅の建設や一般住宅の修理を頼まれ、妻と二人で郡山市に移った。二年間働きずくめで、埼玉に戻って来た。

 騎西高校は2013年末に閉鎖したが、加須市内に残る町民も少なくなかった。そんな中で、蜂須賀さんは1町3反(3300坪)の田んぼを買った。ここに根をはると決めたのだ。「埼玉でコメ作ってれば安心だわい」と蜂須賀さんは言う。双葉町とは気候が違うから大変なのではと尋ねると「埼玉は温かいから草が伸びるのが早いって、それくらいだ」という。双葉時代、除草剤を撒かずにコメを作って来た蜂須賀さんにとって、草むしりなど大したことではなかった。

 

「復興計画マップ」をみる

「双葉町復興再生マップ」というのがある。双葉町は2022年に住民を帰還させる予定だ。双葉駅の西側に住宅を、そして比較的放射線量が低いとされる中野地区を「新産業創出ゾーン」、中浜地区を「水田再生活用拠点」にするという。中浜に水田を持っていた蜂須賀さんは、双葉町でコメをつくることに反対だ。「双葉で米作って誰が買うの。○○産っていって売るんだからナ」と蜂須賀さんはいう。「それって、いいんですか?」と私が聞くと、「悪いわぃ。でも産地偽装なんて、もうやってるから」。

 その水田づくりの計画が本格的に動き始めている。中野・中浜の住民が集められて説明会が行われたそうだ。「舞台ファーム」という仙台にある農業法人が説明に来ていて、もし住民が耕作しないのなら代わりに舞台ファームが米を作る。そして収穫した米は「宮城産」として販売するのだという。蜂須賀さん同様に米作りに反対だという地主もいるが、上から決まったことをただ聞かされるだけだった。
 いくら除染したところで、野菜と違って米は大量の水を使う。水源は浪江町の大垣ダムで放射線量が高い。「放射能の水で作った米はマズイぞ。上っ面の水だけを使うからさすけねえ(大丈夫)っていうが、わ(自分)の口に入るわけじゃないからそんなこと言うんだ」

 親戚のうち何人か、ここ数年でガンで亡くなった。放射能で汚染されたコメを食べたせいだと、蜂須賀さんは思っている。「セシウムが脊髄に入ると、リンパがんになりやすい。それに、発見されてから亡くなるまでが早すぎる」 証明はできないが、蜂須賀さんは原発のせいだと確信している。それなのに福島県は、福島で耕作する人に手厚い保証をする。「なんだって、埼玉でコメ作ればいいものを・・・」

 毎年3月になると、どれだけ復興したかという話題になる。「復興、復興って、そんなに急ぐことはねえべし。そっとしておくのが一番いい。山やダムは掃除してないんだから」。
 コロナによって五輪は延期になった。人間がどんなに願望しようと、ウイルスは思い通りになってはくれない。原発事故には早々と収束宣言を出した(2011年12月16日)日本政府も、今回は慎重にならざるを得ない。世界中が先の見えない生活を強いられたこの春、双葉町の避難者は、どこかどっしりと腰を据えているようにみえる。

完成間近の家を眺める蜂須賀さん

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