事故から四年たったからこそ

「世界一小さな映画祭」と言いながら、なんと27回目!

「世界一小さな映画祭」と言いながら、なんと27回目!


「すかがわ国際短編映画祭2015」が五月九日、十日の二日間開催されました。須賀川市は郡山市のとなり。人口7万人の小さな市ですが、すっごい魅力的な町だった!
何しろここは、ウルトラマンの「円谷プロ」と、オリンピック銅メダリスト・円谷幸吉選手・・・ふたつの「つぶらや」の故郷なのです
東北本線「須賀川駅」のホーム

東北本線「須賀川駅」のホーム


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町中の人たち、おじいちゃんおばあちゃんから子どもたちに国内外の映像作品を楽しんでもらおうと、須賀川市自慢の牡丹の花が一番美しい時期に開催されて27年。2011年も映画祭は中止することなく続けられてきました。
ただ、原発事故関連の映画は『原発の町を追われて』がはじめて。私にとっても福島県・中通りでの上映は初めてで、地元の人たちにどう受け止められるか、期待と不安が半々状態だったことを白状しておきます。

映画祭の一日目には東日本大震災をテーマにした『灯り続けた街の灯り~みちのく医師の信念』という映画が上映されました。
これは、過去の津波被害に学び「もし津波が来たら」ということを想定し宮古市の開業医・後藤康文さんのドキュメンタリー。3・11後、電気や水が来ない中で二百人の透析患者を助けることができたのは「いつ来るかわからない津波対策のためにカネを使いたくない」という価値観の対極にある、すぐれた防災精神でした。
このことを本気で教訓にしていく必要があるのではないか。原発については語りたくない雰囲気があった。けれど、四年たった今、そろそろこの問題について見つめなおし、考えられる時期なのではないか。・・・映画祭の実行委の方が、そうおっしゃっていました。

会場には、須賀川市や郡山市で避難生活をしている双葉町の人、旧騎西高校で支援活動をしていた人も来てくれました。
中でも、四年前にはじめて「カメラの前で話してもいいよ」と言ってくれたTさんが孫を連れてきて観にくれたのは本当にうれしかった。
大きなスクリーンに映し出された姿をみながら「話をすることで前に進もうとした、あの頃を思い出した」とТさん。生まれて間もない孫娘も四歳になっていて、お母さんに抱かれて泣いているのが自分だということがわかっているようでした。
「国や東電への怒りはある。それはそれとして、自分と家族の暮らしをどうしていくか、それだけで精いっぱいだった」
あの事故がもたらしたものが何だったのか。四年たった今、福島県須賀川市で上映できたことの意味をかみしめています。

映画に出てくる双葉町民の田中さん

映画に出てくる双葉町民のТさん

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